恋の和歌

  1. 思いを馳せる
      1. ささのはは みやまもさやに さやげども われはいもおもふ わかれきぬれば
      2. しらなみの あとなきかたに ゆくふねも かぜぞたよりの しるべなりける
      3. ゆふぐれは くものはたてに ものぞおもふ あまつそらなる ひとをこふとて
      4. あしべより くもゐをさして ゆくかりの いやとほざかる わがみかなしも
  2. 季節に寄せる
      1. はるたてば きゆるこほりの のこりなく きみがこころは われにとけなむ
      2. わがこひに くらぶのやまの さくらばな まなくちるとも かずはまさらじ
      3. あひみしも まだみぬこひも ほととぎす つきになくよぞ よににざりける
      4. さへきやま うのはなもちし かなしきが てをしとりてば はなはちるとも
      5. なつむしの みをいたづらに なすことも ひとつおもひに よりてなりけり
      6. かれはてん のちをばしらで なつくさの ふかくもひとの おもほゆるかな
      7. さとびとの ことはなつのの しげくとも かれゆくきみに あはざらめやは
      8. いつとても こひしからずは あらねども あきのゆふべは あやしかりけり
      9. あきかぜに かきなすことの こゑにさへ はかなくひとの こひしかるらむ
  3. 恋のただなか
      1. こひこひて あへるときだに うるはしき ことつくしてよ ながくとおもはば
      2. よひよひに ぬぎてわがぬる かりごろも かけておもはぬ ときのまもなし
      3. あひみぬも うきもわがみの からころも おもひしらずも とくるひもかな
  4. 涙に暮れる
      1. わがこひを ひとしるらめや しきたへの まくらのみこそ しらばしるらめ
      2. きみこふる なみだのとこに みちぬれば みをつくしとぞ われはなりける
      3. きみこふる なみだしなくは からころも むねのあたりは いろもえなまし
      4. おほぞらに わがそでひとつ あらなくに かなしくつゆや わきてをくらむ
  5. 思いつめる
      1. わぎもこに こひつつあらずは あきはぎの さきてちりぬる はなにあらましを
      2. こひしきに いのちをかふる ものならば しにはやすくぞ あるべかりける
  6. 忘れえぬ
      1. あすかがは ふちはせになる よなりとも おもひそめてん ひとはわすれじ
      2. くれなゐの はつはなぞめの いろふかく おもひしこころ われわすれめや
      3. いろもなき こころをひとに そめしより うつろはむとは おもほへなくに
      4. ほりえこぐ たななしをぶね こぎかへり おなじひとにや こひわたりなん
      5. いにしへに なほたちかへる こころかな こひしきことに ものわすれせで
      6. いろみえで うつろふものは よのなかの ひとのこころの はなにぞありける
      7. われをおもふ ひとをおもはぬ むくひにや わがおもふひとの われをおもはぬ
  7. 遣り取りの歌
      1. あかねさす むらさきのゆき しめのゆき のもりはみずや きみがそでふる
      2. むらさきの にほへるいもを にくくあらば ひとづまゆゑに あれこひめやも
      3. いたづらに たびたびしぬと いふめれば あふにはなにを かへむとすらむ
      4. しぬしぬと きくきくだにも あひみねば いのちをいつの よにかのこさむ
      5. はかなくて おなじこころに なりにしを おもふがごとは おもふらむやぞ
      6. わびしさを おなじこころと きくからに わがみをすてて きみぞかなしき

思いを馳せる

ささのはは みやまもさやに さやげども われはいもおもふ わかれきぬれば

笹の葉は み山もさやにさやげども 我は妹思ふ別れ来ぬれば(人麻呂・万葉集133)
・人麻呂が石見国を発ったときの長歌の反歌
「山の奥までさやさや笹の葉はざわめくが、私は妻を想う…別れて来たから」
・心を乱れさせるかのように騒ぐ笹と、一途に妻を想う男との対比

しらなみの あとなきかたに ゆくふねも かぜぞたよりの しるべなりける

白波のあとなき方に行く舟も 風ぞたよりのしるべなりける(藤原勝臣・古今集472)
「波跡が見えなくなるほど遠くへ行く舟も、私の恋も、風がよすがであった」
・風が吹くと恋人が訪れるという俗信がありました→風の和歌(君待つと…)
・が、風頼み=想い人の噂だけが頼みの、淡い片恋ともいえます

ゆふぐれは くものはたてに ものぞおもふ あまつそらなる ひとをこふとて

夕暮れは雲のはたてに物ぞ思ふ あまつそらなる人を恋ふとて(古今集484)
「夕暮れには雲の果てまで物思いをする、遠い遠いあの人を思って」
・綺麗な喩えです。さてこれを詠んだのは男か女か…

あしべより くもゐをさして ゆくかりの いやとほざかる わがみかなしも

葦辺より雲居をさして行く雁の いや遠ざかる我が身かなしも(古今集819)
「葦辺から空に向かって飛んでゆく雁のように、どんどんあの人から遠ざかる私」
・かなわぬ恋を、秋の侘びしい景色に仮託しています

季節に寄せる

はるたてば きゆるこほりの のこりなく きみがこころは われにとけなむ

春たてば消ゆる氷の 残りなく 君が心はわれにとけなむ(古今集542)
「春が来て消える氷のように、すっかり私に打解けて欲しいよ」
・可愛らしい喩えです。音読すると春の明るさが広がるようです

わがこひに くらぶのやまの さくらばな まなくちるとも かずはまさらじ

我が恋にくらぶの山のさくら花 まなく散るとも数はまさらじ(坂上是則・古今集590)
「暗部山の桜の花弁がいかに散り続けようと、私の恋とはくらべようもない」
・「くらぶ」=暗部・比ぶ。心の奥底に思いが花びらのように積もり積もる

あひみしも まだみぬこひも ほととぎす つきになくよぞ よににざりける

あひ見しもまだ見ぬ恋も ほととぎす月に鳴く夜ぞ世に似ざりける(後撰集157)
・四月頃の月の綺麗な夜に、人におくった
「思いを遂げた恋にも遂げぬ恋にも、ほととぎすが月に鳴く今宵こそふさわしい」
・恋をするすべての人にこの夜を、という感じかしら

さへきやま うのはなもちし かなしきが てをしとりてば はなはちるとも

佐伯山 卯の花持ちし愛しきが手をし取りてば 花は散るとも(万葉集1263)
「卯の花を持っていたあの子の手を取ることができたら。花は散っても構わない」
・散りやすい卯の花と、可憐な少女の姿が重なります
・ドラマチック、映画のワンシーンを見るようです

なつむしの みをいたづらに なすことも ひとつおもひに よりてなりけり

夏虫の身をいたづらになす事も ひとつ思ひによりてなりけり(古今集544)
「夏虫も火によって身を滅ぼし、私も思ひの炎によって身を滅ぼす」
・「思ひ」=思い・火。じっと燈芯を見つめてそうでちょっと怖いです
・仏典に、火を愛して自ら飛び込む蛾の話があるそうです

かれはてん のちをばしらで なつくさの ふかくもひとの おもほゆるかな

かれはてん後をば知らで 夏草の 深くも人の思ほゆるかな(躬恒・古今集686)
「いつか離れてしまうことも考えず深く深くあの人を思う」
・「かれ」=(夏草が)枯れ・(人が)離れ(かれ)

さとびとの ことはなつのの しげくとも かれゆくきみに あはざらめやは

さと人のことは夏野のしげくとも かれゆく君に逢はざらめやは(古今集704)
「夏草のようにサーッと噂が広まったせいで疎遠になっても、それでも逢いたい」
・「かれ」=(夏野が)枯れ・(噂が)涸れ・(君が)離れ

いつとても こひしからずは あらねども あきのゆふべは あやしかりけり

いつとても恋しからずはあらねども 秋の夕べはあやしかりけり(古今集546)
「いつだって恋しくないわけではないが、ことさら秋の夕暮は胸がざわめく」
・夏が終わって秋風が吹くようになると何となく人恋しくなります

あきかぜに かきなすことの こゑにさへ はかなくひとの こひしかるらむ

秋風にかきなす琴のこゑにさへ はかなく人の恋しかるらむ(忠岑・古今集586)
「秋風にのって琴の音が聞こえてくるだけでも、あの人が恋しくなるんだよなあ…」
・‘秋の夕べはあやし’き故?→何故秋がそういう季節なのか考えると面白いです
・「久方の光のどけき春の日に静心なく花の散るらむ」と同じような‘らむ’の使い方ですね

恋のただなか

こひこひて あへるときだに うるはしき ことつくしてよ ながくとおもはば

恋ひ恋ひて逢へる時だに うるはしき言尽くしてよ長くと思はば(坂上郎女・万葉集664)
・娘の夫の大伴駿河麻呂に、娘の代作をして贈った歌
「こんなに恋しく思ってやっと逢えた時ぐらい優しい事言って。ずっと通ってくる気なら」
・「うるはしき」を「うつくしき」とする本もあります

よひよひに ぬぎてわがぬる かりごろも かけておもはぬ ときのまもなし

よひよひにぬぎて我がぬる狩衣 かけて思はぬ時のまもなし(友則・古今集593)
「毎晩寝る前に狩衣を脱いで衣桁に掛けるように、何時も気に掛けているよ」
・衣桁にではなく体に掛けて寝るという説もあります

あひみぬも うきもわがみの からころも おもひしらずも とくるひもかな

あひ見ぬもうきも我が身のからころも 思ひ知らずも解くるひもかな(因幡・古今集808)
「逢えぬのも辛いのも自分のせいだものそれでも衣の紐も解けちゃうの」
・‘も’の連続が民謡風。紐が解けるのは人に逢える前兆

涙に暮れる

わがこひを ひとしるらめや しきたへの まくらのみこそ しらばしるらめ

わが恋を人知るらめや しきたへの枕のみこそ知らば知るらめ(古今集504)
「私の恋はあの人は知らない、知っているのはこの枕だけ」
・恋しさに泣くと、涙は枕に落ちます。だから枕だけが知っているんでしょう

きみこふる なみだのとこに みちぬれば みをつくしとぞ われはなりける

君恋ふる涙の床にみちぬれば みをつくしとぞ我はなりける(藤原興風・古今集567)
「君を思い、流す涙が寝床に満ちて、私はさながら澪標」
・「みをつくし」=身を尽くし・澪標。身を削るほど涙を流すのです
・比喩をそのまま想像してみると、ちょっと間抜けで可愛いです

きみこふる なみだしなくは からころも むねのあたりは いろもえなまし

君恋ふる涙しなくは 唐衣むねのあたりは色燃えなまし(貫之・古今集572)
「あなたを思って流す涙がなかったら、とっくに胸の炎は燃え上がってます」
・恋しさで涙が出、さらに熱い思いの火が付き、しかし涙の御蔭で燃えあがらずにすんでいる…
・‘胸の炎が辛うじて収まっているのはつれない君ゆえに流す涙のお蔭’と言いたいのだとしたら嫌味

おほぞらに わがそでひとつ あらなくに かなしくつゆや わきてをくらむ

大空に我が袖ひとつあらなくに かなしく露や分きて置くらむ(後撰集314)
「この大空のもと、袖は数多あるのに、なぜ私の袖にばかり露は置くの」
・露=涙。涙の乾く暇がないほどつらい恋をしているのです

思いつめる

わぎもこに こひつつあらずは あきはぎの さきてちりぬる はなにあらましを

我妹子に恋ひつつあらずは 秋萩の咲きて散りぬる花にあらましを(弓削皇子・万葉集120)
・異母妹の紀皇女を想って詠んだ歌
「こんなに恋に苦しまず、秋萩のように潔く散ってしまいたいのに」
・この皇子は病弱で若くして亡くなったそうです…予期していたのかしら

こひしきに いのちをかふる ものならば しにはやすくぞ あるべかりける

恋ひしきに命をかふるものならば 死にはやすくぞあるべかりける(古今集517)
「命とひきかえにあなたに逢えるなら、死ぬことなんて簡単だ」
・情熱的ですが、一歩間違うと、脅しとも取れる怖い歌です

忘れえぬ

あすかがは ふちはせになる よなりとも おもひそめてん ひとはわすれじ

飛鳥川ふちは瀬になる世なりとも 思ひそめてん人は忘れじ(古今集687)
「何があっても、好きになった君のことは忘れないよ」
・「世」=世の中・男女の仲
・変わりやすい「世」を、深みが浅瀬になることに喩えてます

くれなゐの はつはなぞめの いろふかく おもひしこころ われわすれめや

紅のはつ花ぞめの 色深く 思ひし心われ忘れめや(古今集723)
「紅の初花染めの深い色のように深くあなたを思った心、絶対忘れるものか」
・忘れないってことはもう恋は終わったんでしょうね

いろもなき こころをひとに そめしより うつろはむとは おもほへなくに

色もなき心を人にそめしより うつろはむとは思ほえなくに(貫之・古今集729)
「まっさらなこの心をあなたで染めてからは、もう心変わりするとは思えない」
・のにどうして疑うのか、というようなニュアンスでしょうか
・「うつろはむ」=(色が)移ろう・(心が)移ろう(褪めるの意)

ほりえこぐ たななしをぶね こぎかへり おなじひとにや こひわたりなん

堀江こぐ棚無し小舟 こぎかへり おなじ人にや恋ひわたりなん(古今集732)
「小さな渡し舟が行き来するように、私も繰り返し同じ人を思い続けるのかしら…」
・今まさに想いが揺れ動いているようです

いにしへに なほたちかへる こころかな こひしきことに ものわすれせで

いにしへになほ立ちかへる心かな 恋ひしきことにもの忘れせで(貫之・古今集734)
「どうしても昔の思いが胸に湧き上がってきてしまう…あのときの恋が忘れられずに」
・昔のままの心であなたを思います、ってことかしら

いろみえで うつろふものは よのなかの ひとのこころの はなにぞありける

色見えでうつろふものは 世の中の人の心の花にぞありける(小町・古今集797)
「色などないのに色褪せてしまうものは、人の心という花だったのね」
・そぶりも見せず心変わりした男を、「世の中の人」に一般化することで、辛い状況におかれたのは自分一人ではないと慰めているのかも

われをおもふ ひとをおもはぬ むくひにや わがおもふひとの われをおもはぬ

我を思ふ人を思はぬむくひにや わが思ふ人の我を思はぬ(古今集1041)
「私を思ってくれる人を思ってやらない報いなのだろうか、私が思う人は私を思ってくれない」
・世の中なかなか思うようにはいきません

遣り取りの歌

あかねさす むらさきのゆき しめのゆき のもりはみずや きみがそでふる

むらさきの にほへるいもを にくくあらば ひとづまゆゑに あれこひめやも

あかねさす紫野行き標野行き 野守は見ずや君が袖振る(額田王・万葉集20)
むらさきのにほへる妹を憎くあらば 人妻ゆゑに我れ恋ひめやも(大海人皇子・万葉集21)

・天智天皇が蒲生野で薬猟をしたとき、天皇の情人である額田王が歌を詠み、天皇の弟で前夫の大海人皇子が応えた
額田王「茜さす紫野へ標野へ、あなたは私に袖を振って行くけど、野守に見咎められます」
大海人皇子「美しいあなた。厭わしかったら人妻なのに恋などしようか…恋せずにはいられないのだ」

・あかねさす…「紫」の枕詞。紫草の根から茜色を帯びた紫色が採れます
・「君」:前夫の大海人皇子。「野守」:暗に天智天皇をさすとも
・むらさきの…「にほふ」の枕詞。紫草で染めた色は匂い立つように美しい
・宴の座興歌とか。ただ、心が通じ合ってなければ詠めない歌でしょう

いたづらに たびたびしぬと いふめれば あふにはなにを かへむとすらむ

しぬしぬと きくきくだにも あひみねば いのちをいつの よにかのこさむ

いたづらにたびたび死ぬと言ふめれば 逢ふには何をかへむとすらむ(中務・後撰集707)
死ぬ死ぬと聞く聞くだにも逢ひ見ねば 命をいつの世にか残さむ(信明・後撰集708)

・信明が「お逢いできなければ死んでしまう」と言ってきたので
中務「そう度々命がなくなってしまっては、本当にお逢いする時には命以外の何と引き換えになさるおつもりかしら」
信明「死ぬ死ぬという言葉をお聞きになってさえ逢ってくれないから、もう命は残せそうもない」
・死ぬって言っても口先だけでしょ→いやもう本当に死にそう、という遣り取りだと解釈しました

・が、誤訳かもしれませんので、一般的な訳を参考のため以下に記します
中務「空々しくしょっちゅう死ぬと仰っているようですが、実際お逢いしたらその後は何と仰るつもりかしら」
信明「死ぬ死ぬと言っても‘はいはい聞きました’とだけでお逢いできないから、一体いつまでこの命を残したらお逢いできるのか」

はかなくて おなじこころに なりにしを おもふがごとは おもふらむやぞ

わびしさを おなじこころと きくからに わがみをすてて きみぞかなしき

はかなくて同じ心になりにしを 思ふがごとは思ふらむやぞ(中務・後撰集594)
わびしさを同じ心と聞くからに 我が身をすてて君ぞかなしき(信明・後撰集595)

・はじめての後朝に
中務「夢うつつのうちに同じ心になってしまいましたが、私が思うようにはあなたは思って下さらないでしょうね」
信明「この胸の苦しさはあなたも同じだとお聞きしては、もはや我が身はどうあれあなたがいとおしくてならない」
・不安を訴え怨じてみせる女に、信明のこの切り返しかた、キザでも格好いい


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