風の和歌

  1. 追憶の風
      1. うねめの そでふきかへす あすかかぜ みやこをとほみ いたづらにふく
      2. あはぢの のじまのさきの はまかぜに いもがむすびし ひもふきかへす
      3. ふきむすぶ かぜはむかしの あきながら ありしにもにぬ そでのつゆかな
  2. 春風
      1. あらしふく きしのやなぎの いなむしろ おりしくなみに まかせてぞみる
      2. みづのおもに あやふきみだる はるかぜや いけのこほりを けふはとくらむ
  3. 秋の初風
      1. なつとあきと ゆきかふそらの かよひぢは かたへすずしき かぜやふくらむ
      2. あききぬと めにはさやかに みえねども かぜのおとにぞ おどろかれぬる
      3. このねぬる よのまにあきは きにけらし あさけのかぜの きのふにもにぬ
      4. わがせこが ころものすそを ふきかへし うらめづらしき あきのはつかぜ
      5. なつごろも まだひとへなる うたたねに こころしてふけ あきのはつかぜ
      6. あきかぜの うちふきそむる ゆふぐれは そらにこころぞ わびしかりける
      7. あきかぜの くさばそよぎて ふくなへに ほのかにしつる ひぐらしのこゑ
      8. ひぐらしの なくやまざとの ゆふぐれは かぜよりほかに とふひともなし
      9. をぎのはに ふきすぎてゆく あきかぜの またたがさとを おどろかすらむ
  4. 晩秋の風
      1. ふくかぜの いろのちぐさに みえつるは あきのこのはの ちればなりけり
      2. しらつゆに かぜのふきしく あきののは つらぬきとめぬ たまぞちりける
      3. あきかぜの うちふくからに やまものも なべてにしきに おりかへすかな
  5. その他
      1. あまつかぜ くものかよひぢ ふきとぢよ をとめのすがた しばしとどめん
      2. あしたづの たてるかはべを ふくかぜに よせてかへらぬ なみかとぞみる
      3. あふさかの あらしのかぜは さむけれど ゆくへしらねば わびつつぞぬる
      4. かぜのうへに ありかさだめぬ ちりのみは ゆくへもしらず なりぬべらなり
  6. 遣り取りの歌
      1. きみまつと あがこひをれば わがやどの すだれうごかし あきのかぜふく
      2. かぜをだに こふるはともし かぜをだに こむとしまたば なにかなげかむ

追憶の風

うねめの そでふきかへす あすかかぜ みやこをとほみ いたづらにふく

うねめの袖吹き返す明日香風 都を遠みいたづらに吹く(志貴皇子・万葉集51)
・明日香の宮から藤原の宮に遷都した後、詠まれた
「あのころ采女の袖を翻していた風も、都が遠いのでむなしく吹いている」
・過去を思う歌ですが、「明日」香という言葉にも意味を持たせたくなります

あはぢの のじまのさきの はまかぜに いもがむすびし ひもふきかへす

淡路の野島の崎の浜風に 妹が結びし紐吹き返す(人麻呂・万葉集252)
・羈旅の歌(往路)
「君が結んでくれた袴の紐を、淡路の野島の岬の浜風が吹き返してゆく」
・無事で在れよと奥さんが結んだ紐です

ふきむすぶ かぜはむかしの あきながら ありしにもにぬ そでのつゆかな

吹きむすぶ風は昔の秋ながら ありしにも似ぬ 袖の露かな(小町・新古今312)
「草葉に露を宿らせる秋風は昔のままなのに、今の私の袖には涙の露が宿るの」
・「露」=草に置く露・袖に置く涙の露

春風

あらしふく きしのやなぎの いなむしろ おりしくなみに まかせてぞみる

嵐吹く岸の柳の稲筵 折りしく浪にまかせてぞ見る(崇徳院・新古今71)
「嵐に岸の柳は折れんばかり、しきりに打ち寄せる川浪にその枝をまかせている」
・いなむしろ…「川」の枕詞 「むしろ」「おる」が縁語

みづのおもに あやふきみだる はるかぜや いけのこほりを けふはとくらむ

水の面にあや吹き乱る春風や 池の氷を今日はとくらむ(友則・後撰集11)
・初春の歌として詠んだ
「水面に綾模様をなしている春風は、池の氷を今日にも融かしきるのでしょう」
・白氏文集の一節「池に波文有て氷尽く開く」をもとに詠まれています

秋の初風

なつとあきと ゆきかふそらの かよひぢは かたへすずしき かぜやふくらむ

夏と秋と行きかふ空の通ひ路は かたへ涼しき風やふくらむ(躬恒・古今集168)
・陰暦6月最後の日、つまり夏の終わりの日に詠んだ歌
「夏と秋とがすれ違う空の道。片側は涼しい風が吹いているんだろうなあ」
・字面が美しく、あえて訳さないほうがいいんですが

あききぬと めにはさやかに みえねども かぜのおとにぞ おどろかれぬる

秋きぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる(藤原敏行・古今集169)
・立秋の日に
「秋が来たとははっきり見えないけれど、風の音で気付かされた」
・現代人にも思い当たるところがあるのでは

このねぬる よのまにあきは きにけらし あさけのかぜの きのふにもにぬ

この寝ぬる夜の間に秋は来にけらし 朝けの風の昨日にも似ぬ(藤原季通・新古今287)
・久安6年の「久安百首」にて
「ああ、夜のうちに秋が来たのですね、明け方の風が昨日とは似ても似つかない」
・本歌:安貴王・拾141「秋立ちていくかもあらねどこの寝ぬる朝けの風は袂涼しも」

わがせこが ころものすそを ふきかへし うらめづらしき あきのはつかぜ

わが背子が衣の裾を吹き返し うらめづらしき秋の初風(古今集171)
「あなたの衣の裾を吹き返す、心ひかれる秋の初風」
・「うら」=心・(衣の裾の)裏

なつごろも まだひとへなる うたたねに こころしてふけ あきのはつかぜ

夏衣まだひとへなるうたたねに 心して吹け秋の初風(安法法師・拾遺集137)
・秋の初めに詠んだ
「まだ薄い単衣を着てのうたた寝ゆえ、気をつけて吹け、秋の初風よ」
・衣替えは十月一日、この時はまだ夏の単を着ています。

あきかぜの うちふきそむる ゆふぐれは そらにこころぞ わびしかりける

秋風のうち吹きそむる夕暮は そらに心ぞわびしかりける(後撰集221)
「秋風が吹きはじめる夕暮は、空を眺めてもぼんやり切なくなってくる」
・「そらに」=大空に・うつろに
・暑い時は何も考えたくないですからね

あきかぜの くさばそよぎて ふくなへに ほのかにしつる ひぐらしのこゑ

秋風の草葉そよぎて吹くなへに ほのかにしつるひぐらしの声(後撰集253)
「秋風が草の葉をそよがせて吹けば、ほのかにひぐらしの鳴く声もする」
・初秋の夕暮れが思い起こされて、何となく切なくなります

ひぐらしの なくやまざとの ゆふぐれは かぜよりほかに とふひともなし

ひぐらしの鳴く山里の夕暮れは 風よりほかにとふ人もなし(古今集205)
「蜩が鳴く山里の夕暮れ。風のほかにはおとなう人もない」
・ちょっと新古今を思わせるような寂寥感です

をぎのはに ふきすぎてゆく あきかぜの またたがさとを おどろかすらむ

荻の葉に吹きすぎてゆく秋風の また誰が里をおどろかすらむ(後拾遺320)
・源師房家の歌合わせで秋風を詠んだ
「荻の葉を吹き過ぎて行く秋風は、また別の里で誰かをはっとさせる事でしょう」
・葉擦れの音に、思い人が訪れたと勘違いするのかも。葉擦れなのでハズレです

晩秋の風

ふくかぜの いろのちぐさに みえつるは あきのこのはの ちればなりけり

吹く風の色のちぐさに見えつるは 秋のこのはの散ればなりけり(古今集290)
「吹く風がいろんな色に見えたのは秋の木の葉が散るからなのね」
・類似歌:古102「春霞色のちぐさに見えつるはたなびく山の花のかげかも」

しらつゆに かぜのふきしく あきののは つらぬきとめぬ たまぞちりける

白露に風の吹きしく秋の野は つらぬきとめぬ玉ぞ散りける(文屋朝康・後撰集308)
・醍醐天皇のお召しで(実際は誤りで延喜以前の歌)
「風が吹きつける秋の野辺は、貫き止めていない玉のように白露が其処此処に散るよ」
・古今集「秋の野に置く白露は玉なれやつらぬきかくる蜘蛛の糸すぢ」も彼の歌
・百人一首に採られています

あきかぜの うちふくからに やまものも なべてにしきに おりかへすかな

秋風のうち吹くからに山も野も なべて錦に織りかへすかな(後撰集388)
「秋風がさっと吹くや、山も野も一斉に錦を織り返すようだ」
・赤や黄に紅葉した野山が風に靡くさまを、錦織物に喩えています
・大系本を見ても‘おり(織り)’か‘をり(折り)’かよく分かりません

その他

あまつかぜ くものかよひぢ ふきとぢよ をとめのすがた しばしとどめん

天つ風 雲の通ひ路吹きとぢよ をとめの姿しばしとどめん(良岑宗貞・古今集872)
・五節の舞姫(宮中の行事で舞う少女たち)をみて詠んだ
「天上の風よ、雲間を吹き閉じておくれ。乙女らが天に上ってしまわぬよう」
・僧正遍昭の在俗時の歌です。百人一首に採られています

あしたづの たてるかはべを ふくかぜに よせてかへらぬ なみかとぞみる

葦鶴の立てる川辺を 吹く風に寄せてかへらぬ浪かとぞ見る(貫之・古今集919)
・宇多法皇が大堰川に御遊され「鶴、洲に立てり」というお題で歌を詠ませた
「白鶴が佇んでいる川辺は、まるで風に吹き寄せられたままかえらぬ白浪があるように見えます」
・川波に見立てることで鶴の白さが強調されています。墨絵のような静けさがあります

あふさかの あらしのかぜは さむけれど ゆくへしらねば わびつつぞぬる

逢坂のあらしの風は寒けれど ゆくへ知らねばわびつつぞ寝る(古今集988)
「逢坂山に吹く風は寒いが、先行きが不安なまま寝るしかない」
・旅に出る人は逢坂山の関所で見送りの人と別れました
・「ゆくへ」は、目的地・将来 の両方の意味を含んでいるんでしょう

かぜのうへに ありかさだめぬ ちりのみは ゆくへもしらず なりぬべらなり

風のうへにありか定めぬ塵の身は ゆくへも知らずなりぬべらなり(古今集989)
「風に舞う塵のような我が身は、この先あてどなくさまようことになりそうだ」
・この歌は『平家物語』の冒頭を思い起こさせますね=仏教の影響があるかもしれません…

遣り取りの歌

きみまつと あがこひをれば わがやどの すだれうごかし あきのかぜふく

かぜをだに こふるはともし かぜをだに こむとしまたば なにかなげかむ

君待つと我が恋ひ居れば 我が宿の簾動かし秋の風吹く(額田王・万葉集491)
風をだに恋ふるはともし 風をだに来むとし待たば何か嘆かむ(鏡王女・万葉集492)

・天智天皇を思っての額田王の歌に、姉(?)の鏡王女が唱和した(後世の仮託とも)
額田王「あの方を待ち焦がれていると、簾を動かして秋風が吹きこんでくる」
鏡王女「風すら恋焦がれられるあなたは羨ましい、風すら待てるなら何を嘆きましょうぞ」
・「君待つと…」には、中国の詩で似たような発想のものがあるそうです
・「待つ」という語は、相手が来るという確信がある程度ないと使えないと思います。片や鏡王女は「私には風に期待してしまうような待つべき相手がいません」と、額田王の「待つ」という行為すら羨んでいます


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