花の和歌

花の和歌 古典和歌

万葉集の頃は、花といえば梅花のこと。「令和」の由来となった梅花の宴のように、文化人たちは積極的に梅の花を愛でたようです。やがて平安時代、花といえば桜を指すようになりました。

この「花の和歌」ページには、梅や桜のみならず、四季折々の花を詠んだ和歌を集めています。

  1. 春の草花
      1. いはばしる垂水の上の早蕨の 萌え出づる春になりにけるかも
      2. 春の野に菫摘みにと来し我ぞ 野をなつかしみ一夜寝にける
      3. 谷風にとくる氷のひまごとに 打ち出づる波や 春の初花
      4. 君ならで誰にか見せむ 梅の花 色をも香をも知る人ぞ知る
      5. 色も香も昔のこさににほへども うゑけん人のかげぞ恋しき
      6. 梅の花まだ散らねども 行く水の底にうつれるかげぞ見えける
      7. 吹く風をなにいとひけむ 梅の花散りくる時ぞ香はまさりける
      8. 年をへて花の鏡となる水は ちりかかるをや曇るといふらむ
      9. さくら花ちりぬる風のなごりには 水なき空に浪ぞたちける
      10. 霞立つ春の山辺は遠けれど 吹きくる風は花の香ぞする
      11. 駒並めていざ見にゆかむ ふるさとは雪とのみこそ花は散るらめ
      12. 宿りして春の山辺に寝たる夜は 夢の内にも花ぞ散りける
      13. 桜花ちりかひくもれ 老いらくの来むといふなる道まがふかに
      14. 山風に桜吹きまき乱れなん 花のまぎれに君とまるべく
      15. 深草の野辺の桜し心あらば ことしばかりは墨染めに咲け
      16. あひ思はでうつろふ色を見るものを 花に知られぬながめするかな
      17. いつのまに散りはてぬらむ 桜花 面影にのみ色を見せつつ
      18. 吹く風の誘ふものとは知りながら 散りぬる花のしひて恋ひしき
      19. 春雨の花の枝より流れ来ば なほこそ濡れめ香もやうつると
      20. 桜狩雨は降りきぬ おなじくは濡るとも花の影に隠れむ
      21. 春深き色にもあるかな 住江の底も緑に見ゆる浜松
      22. 吉野河きしの山吹ふく風に 底の影さへうつろひにけり
      23. けふのみと春を思はぬ時だにも 立つことやすき花のかげかは
  2. 夏の草花
      1. 夏まけて咲きたる はねず 久方の雨うち降らばうつろひなむか
      2. 手も触れで惜しむ甲斐なく 藤の花 底に映れば浪ぞ折りける
      3. 月草に衣は摺らむ 朝露にぬれての後はうつろひぬとも
      4. にほひつつ散りにし花ぞ思ほゆる 夏は緑の葉のみ繁れば
  3. 秋の草花
      1. 萩が花散るらむ小野の露霜に 濡れてを行かん さ夜はふくとも
      2. ゆきかへり折りてかざさむ 朝な朝な鹿立ちならす野辺の秋萩
      3. 秋風の吹上に立てる白菊は 花かあらぬか浪のよするか
      4. 秋の菊にほふ限りはかざしてん 花よりさきと知らぬ我が身を
      5. 藤袴きる人無みや たちながら時雨の雨に濡らしそめつる
      6. 風吹けば落つるもみじ葉 水きよみ 散らぬ影さへ底に見えつつ

春の草花

いはばしる垂水の上の早蕨の 萌え出づる春になりにけるかも

いはばしる たるみのうへの さわらびの もえいづるはるに なりにけるかも(志貴皇子・万葉集1422)
・志貴皇子よろこびの御歌(どんないいことがあったのかは不明)
「滝のほとりに蕨も萌え出て、ああ春が来たんだなあ」
・犬養先生曰く‘家庭で嬉しいことがあった時’歌ってごらんと

春の野に菫摘みにと来し我ぞ 野をなつかしみ一夜寝にける

はるののに すみれつみにと こしわれぞ のをなつかしみ ひとよねにける(山部赤人・万葉集1428)
「野には菫を摘みに来ただけなのに、離れがたくて一夜過ごしてしまった」
・赤人は、元正・聖武期の宮廷歌人です
・菫は薬か染料か食料にしたようです

谷風にとくる氷のひまごとに 打ち出づる波や 春の初花

たにかぜに とくるこほりの ひまごとに うちいづるなみや はるのはつはな(源当純・古今集12)
・宇多天皇の御代の歌合せの歌
「谷風に融けた氷の隙間から、波は花びらのように飛沫を上げる」
・季節の移り変わりが無理なく感じ取れます

君ならで誰にか見せむ 梅の花 色をも香をも知る人ぞ知る

きみならで たれにかみせむ うめのはな いろをもかをも しるひとぞしる(友則・古今集38)
・梅の花を折って人に贈ったときに添えた歌
「この梅の花は、美しさもかぐわしさもお分かりになるあなたにだけお見せしたい」

色も香も昔のこさににほへども うゑけん人のかげぞ恋しき

いろもかも むかしのこさに にほへども うゑけんひとの かげぞこひしき(貫之・古今集851)
・主の亡くなった家の梅の花を見て
「梅花は色も香りも昔のままなのに。植えた人にはもう会えない」
・類似歌:貫之・古今集42「人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける」

梅の花まだ散らねども 行く水の底にうつれるかげぞ見えける

うめのはな まだちらねども ゆくみづの そこにうつれる かげぞみえける(貫之・拾遺集25)
・醍醐天皇の御屏風の絵解きの歌
「梅花はまだ散らぬが、流れる水の底に映る姿は、まるで散っているかのよう」
・ 水底に映る情景多いですね。この頁だけでも→ 吉野河…手も触れで…風吹けば

吹く風をなにいとひけむ 梅の花散りくる時ぞ香はまさりける

ふくかぜを なにいとひけむ うめのはな ちりくるときぞ かはまさりける(躬恒・拾遺集30)
「吹く風をどうして厭おうか、梅花は散るときこそ薫り高くなるのだから」
・本当は風に散るのは嫌だが、せめて最期には華やかに散ってほしい思いがあるのかも

年をへて花の鏡となる水は ちりかかるをや曇るといふらむ

としをへて はなのかがみと なるみづは ちりかかるをや くもるといふらむ(伊勢・古今集44)
・水のほとりに梅の花が咲いているのを詠んだ
「花びらが水に散りかかるさまは、鏡に塵がかかるのとおなじよう」
・清少納言は曇った鏡を見るとドキドキしたようです(こころときめきするものの段)

さくら花ちりぬる風のなごりには 水なき空に浪ぞたちける

さくらばな ちりぬるかぜの なごりには みづなきそらに なみぞたちける(貫之・古今集89)
・歌合せの歌
「桜散らす風が吹き抜け、空には花びらの波が残った」
・なごり、漢字では名残。余波とも書きます

霞立つ春の山辺は遠けれど 吹きくる風は花の香ぞする

かすみたつ はるのやまべは とほけれど ふきくるかぜは はなのかぞする(在原元方・古今集103)
・宇多天皇の御代の歌合せの歌
「霞立つ春の山辺は遠いが、そこから吹いてくる風は花の香りがする」

駒並めていざ見にゆかむ ふるさとは雪とのみこそ花は散るらめ

こまなめて いざみにゆかむ ふるさとは ゆきとのみこそ はなはちるらめ(古今集111)
「馬を並べて、さあ見に行こう、古き都は花吹雪」
・「花」…桜で、「ふるさと」…奈良の都でしょうか?

宿りして春の山辺に寝たる夜は 夢の内にも花ぞ散りける

やどりして はるのやまべに ねたるよは ゆめのうちにも はなぞちりける(貫之・古今集117)
・山寺に詣でたおりの歌です
「宿借りて春の山辺に寝た夜には、夢の中にも桜散る散る」
・間断なく花の散る様が浮かんできます

桜花ちりかひくもれ 老いらくの来むといふなる道まがふかに

さくらばな ちりかひくもれ おいらくの こむといふなる みちまがふかに(業平・古今集349)
・藤原基経の四十の賀での歌
「桜の花よ曇るばかりに散れ、老いが来るという道が見えなくなるように」
・祝賀にふさわしくないような歌い出しが一転、この上ない賀歌に

山風に桜吹きまき乱れなん 花のまぎれに君とまるべく

やまかぜに さくらふきまき みだれなん はなのまぎれに きみとまるべく(僧正遍昭・古今集394)
・常康親王が法会を終えて山を下りられるとき桜の下で詠んだ
「皇子が留まられるよう、山風よ、花びらの吹雪をおこしておくれ」
・上の業平の歌同様、桜吹雪による視界不良で何かを留める、というモチーフの歌
・山に残る僧正は名残惜しい思いで親王を見送っています(或いは名残惜しいポーズ)

深草の野辺の桜し心あらば ことしばかりは墨染めに咲け

ふかくさの のべのさくらし こころあらば ことしばかりは すみぞめにさけ(上野峯雄・古今集832)
・基経が亡くなったときの歌
「深草の桜よ、心があるなら今年だけでも墨染めの色に咲け」
・桜の淡い紅色が自分の心情にはそぐわないので、服喪の色に染まれと
・源氏物語の薄雲の巻で源氏が「今年ばかりは」とつぶやくアレです

あひ思はでうつろふ色を見るものを 花に知られぬながめするかな

あひおもはで うつろふいろを みるものを はなにしられぬ ながめするかな(躬恒・後撰集59)
・花の散るのを見て
「花と人。お互いに心の通い合うこともないまま、花は散り、私は物思いにふける」
・片思いの相手が他の誰かを好きになっても、自分は何も出来ないつらさ…を花に託して詠んだ??

いつのまに散りはてぬらむ 桜花 面影にのみ色を見せつつ

いつのまに ちりはてぬらむ さくらばな おもかげにのみ いろをみせつつ(躬恒・後撰集132)
・桜の散るのを見て
「桜はいつのまに散り終えてしまったのか。盛りの色を記憶の中にのみ残して」
・‘面影にのみ’という言葉が素敵だなあ

吹く風の誘ふものとは知りながら 散りぬる花のしひて恋ひしき

ふくかぜの さそふものとは しりながら ちりぬるはなの しひてこひしき(後撰集91)
「風に誘われて散るものとは分かっているが、どうしても散ってしまった花が恋しいのだ」
・思う相手が他の男のものになったことを悔やむ歌のようにも見えます

春雨の花の枝より流れ来ば なほこそ濡れめ香もやうつると

はるさめの はなのえだより ながれこば なほこそぬれめ かもやうつると(藤原敏行・後撰集110)
・宇多天皇の御代、桜花の宴で雨が降ってきたので
「春雨が花の枝から滴るのならもっと濡れましょう、花の香が移るかもしれませんし」
・桜の花や葉にはクマリンという芳香成分が含まれていて、刺激が加わるとほんのり香ります

桜狩雨は降りきぬ おなじくは濡るとも花の影に隠れむ

さくらがり あめはふりきぬ おなじくは ぬるともはなの かげにかくれむ(拾遺集50)
「桜狩にきたら雨が降ってきた。どうせ濡れるなら花の影に隠れよう」
・どこにいても濡れてしまうのなら桜の下がよかろう、とは風流ですね
・説話では、実方が行成と喧嘩するもとになった因縁の歌です

春深き色にもあるかな 住江の底も緑に見ゆる浜松

はるふかき いろにもあるかな すみのえの そこもみどりに みゆるはままつ(後撰集111)
・和泉の国に行く途中の海岸で
「春も深まったものよ。住吉の浜松は海の底まで深緑に染めている」
・新緑や波や海風が春の日差しに光っているようです

吉野河きしの山吹ふく風に 底の影さへうつろひにけり

よしのがは きしのやまぶき ふくかぜに そこのかげさへ うつろひにけり(貫之・古今集124)
・吉野山の麓を流れる吉野川のほとりに山吹が咲いているのを詠んだ
「風が吹き、岸の山吹の花びらも水面に映るそのかげも、散ってしまった」
・水底シリーズ→梅の花…手も触れで…風吹けば…

けふのみと春を思はぬ時だにも 立つことやすき花のかげかは

けふのみと はるをおもはぬ ときだにも たつことやすき はなのかげかは(躬恒・古今集134)
・宇多上皇の御所での歌合せでの春の終わりの歌
「春は今日限りと思わぬ時でさえ、花の下は去りがたいのに」
・まして今日は春も終わりの日だからいっそう立ち去りがたい、ってことです

夏の草花

夏まけて咲きたる はねず 久方の雨うち降らばうつろひなむか

なつまけて さきたるはねず ひさかたの あめうちふれば うつろひなむか(家持・万葉集1489)
「夏を待ちうけて咲いた庭梅なのに。雨ばかり降っては色褪せてしまうよ」
・はねず…庭梅の花らしいです。色が褪めやすいとか

手も触れで惜しむ甲斐なく 藤の花 底に映れば浪ぞ折りける

てもふれで をしむかひなく ふぢのはな そこにうつれば なみぞをりける(躬恒・拾遺集87)
「手も触れず大事にしてきた藤の花は、水に映ったばかりに波に手折られてしまった」
・水底シリーズ!→梅の花…吉野河…風吹けば…
・当時の人は、物影は水面ではなく水底に映る、と見ていたそうです

月草に衣は摺らむ 朝露にぬれての後はうつろひぬとも

つきくさに ころもはすらむ あさつゆに ぬれてののちは うつろひぬとも(古今集247)
・万葉集にも同じ歌があります
「逢いましょう。翌朝にはあなたの気持ちがさめてしまっても」
・月草(露草)の花で染めた衣は簡単に色変わりしてしまいます。きわどいような気もしますが表現はきれいです

にほひつつ散りにし花ぞ思ほゆる 夏は緑の葉のみ繁れば

にほひつつ ちりにしはなぞ おもほゆる なつはみどりの はのみしげれば(後撰集165)
「美しく散った花がしのばれる。夏は緑の葉ばかりなので」
・にほふ…赤い色が照り映える意から、後に、香り立つという意が派生

秋の草花

萩が花散るらむ小野の露霜に 濡れてを行かん さ夜はふくとも

はぎがはな ちるらむをのの つゆじもに ぬれてをゆかん さよはふくとも(古今集224)
「夜が更けてしまっても、萩の花散る野辺の露に濡れてゆこうか」
・さて何処へ行くか…なんて野暮なことは聞きません

ゆきかへり折りてかざさむ 朝な朝な鹿立ちならす野辺の秋萩

ゆきかへり をりてかざさむ あさなあさな しかたちならす のべのあきはぎ(貫之・後撰集298)
・「秋の歌」ということで詠んだ
「行き帰りに萩を手折って冠に挿そう。朝毎に鹿行く野辺に咲く萩を」
・行き帰り…女のもとへでしょう(実際に貫之が体験したことかどうかは別として)

秋風の吹上に立てる白菊は 花かあらぬか浪のよするか

あきかぜの ふきあげにたてる しらぎくは はなかあらぬか なみのよするか(菅原道真・古今集272)
・宇多天皇の御代の菊合で、浜辺を模した台に植えた菊に添えた歌
「秋風の吹く吹上の浜に立つ菊は、花か、違うか、寄せる白浪か」
・道真公は、その台を吹上の浜に見立てたんですね

秋の菊にほふ限りはかざしてん 花よりさきと知らぬ我が身を

あきのきく にほふかぎりは かざしてん はなよりさきと しらぬわがみを(貫之・古今集276)
・人生の無常を感じたときに菊を見て詠んだ
「せめて菊の色が移ろいゆくうちは冠にさして愛でていよう、花も私も儚い命」
・菊花は時が経つとだんだんと紫色っぽく変わってゆきます

藤袴きる人無みや たちながら時雨の雨に濡らしそめつる

ふぢばかま きるひとなみや たちながら しぐれのあめに ぬらしそめつる(後撰集351)
「藤袴は切る人もいないので、立ったまま時雨に濡れはじめている」
・藤袴は枯れたり濡れたりすると香りが強くなります。桜餅っぽい匂いです
・「きる」=切る・着る、「たち」=立ち・裁ち、「そめ」=初め・染め、という掛詞
・袴・着る・裁ち・染めという、布に関する縁語づくしでもあります(藤袴という花名が穿く袴に通ずる)

風吹けば落つるもみじ葉 水きよみ 散らぬ影さへ底に見えつつ

かぜふけば おつるもみじは みづきよみ ちらぬかげさへ そこにみえつつ(躬恒・古今集304)
・池のほとりで紅葉が散るのを詠んだ
「風に紅葉が散る。水がきれいなので、枝に残っている葉も水底にあるように見える」
・屏風絵のように鮮やかな描写。水底シリーズ→ 梅の花…吉野河…手も触れで…


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