難波潟みじかき蘆の
藤原定家の選による「小倉百人一首」でも有名な恋の和歌です。
伊勢の家集『伊勢集』では「秋頃うたて人の物いひけるに」との詞書があります。

難波潟みじかき蘆の ふしのまも逢はで此の世を過ぐしてよとや(伊勢・新古今集1049)
なにはがた みじかきあしの ふしのまも あはでこのよを すぐしてよとや

「難波潟の葦の中でも短い葦の、節と節の間ぐらいほんの短い間さえお逢いできぬまま過ごせと仰るの?」
→難波は葦の名所/「此の世」の「世」は葦の縁語の節(よ)と掛けています

もともと葦というイネ科の植物は、丈のわりに節(ふし)と節の間が短いようです。たぶんそれは王朝人にとっての常識で、そんな葦の中でも「短き」葦の節の間はさらに短いものであると、短さを強調する表現となっています。実際好きな人とは、つかの間であっても一目逢いたいものです。じつはこの歌を、ついこの間まで「短い間だって逢えないのはいやだ(常に逢っていたい)」という意味に取り違えていたのですが、それでは情熱的すぎるというか何というか、大変な事になってしまいます。

『伊勢集』の古歌群混入箇所にある歌ゆえに別人の作を疑われてもいますが、古歌群中に伊勢の作があっても別に不思議ではないという反論もあり、また少なくとも定家は伊勢の詠としてこれを評価しているわけであるし(『百人一首』)、私も伊勢の歌だと思いたいです。

作者の伊勢は、宇多天皇の中宮温子に仕えていた時に天皇の寵を受けて皇子(幼くして亡くなります)を産み、その後宇多天皇の第四皇子敦慶親王に愛され、女子を生します(後の中務です)。他にも温子の兄の藤原仲平や時平とも交渉があったようで、まさに歌も恋も一流といえる歌人でした。

('05.02.24)

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