稲つけばかかる吾が手を
万葉集の東歌から。

稲つけばかかる吾が手を 今宵もか殿の若子が取りて嘆かむ(万葉集3478)
いねつけば かかるあがてを こよひもか とののわくごが とりてなげかむ

「今宵も殿の若君が、あかぎれになってしまった私の手をとって、かわいそうにと嘆くのね……」

一首、農耕歌(民謡)であろうと言われています。
女性たちは、集まってこのような歌をうたい囃しつつ、稲をついていたようです。現代でも草津の湯もみなど、民謡をうたいながら作業をおこなう風習が各地に残っています。
ただ、民謡と言ってもはじめから民謡として作られたわけではなく、実際に起きた出来事を下敷きに歌が詠まれ、広まっていったのではないかという気がします。

例えば、女と若君が親しげにしているところを偶然目にした人が、やっかみ半分で女を冷やかした歌かもしれない。
あるいは、集団内でも年かさの女が、場を盛り上げるために冗談で詠んだものかもしれない。
はたまた、身分違いの恋が奇跡的に成就し、それを喜んだ人々が記念に残した歌なのかもしれない。

ほんとうの成立事情は後世の私たちには知るすべもありません。が、少なからぬ人々の共感を得たればこそ、歌い継がれ、やがて万葉集に収録されるに至ったのではないでしょうか。

*「女は若君より年上、若君はまだ幼さの残る少年。女と殿とは出来ていて、若君はそれを知りつつも彼女に純粋な憧憬を捧げている。女も、殿には仕方なく仕えているものの、本当はこの若君のほうが好き。だから、若君の好意は嬉しいけれども困っちゃう」という妄想的設定の元に描きました。できれば「女は取られた手ではなく、若君の顔を切なく見つめている」つもりでご覧下さい……

('02.05.26)

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