あたら夜の月と花とを
俊成・定家親子がともに秀歌として認めているのも、むべなるかなの和歌。

あたら夜の月と花とを 同じくはあはれ知れらむ人に見せばや(源信明・後撰集103)月の和歌
あたらよの つきとはなとを おなじくは あはれしれらむ ひとにみせばや

信明の家集では、「許されぬ仲の女に逢えずに詠んだ歌」(『後撰和歌集』当該歌脚注)とされています。
てっきり、興の趣くまま詠み上げた歌だとばかり思っていましたが、もし詞書きを信じるならば、歌から受ける印象はだいぶ変わって、悲痛ささえ響くように感じられるから不思議です。

さて根本的なことですが、そもそも「花」とは梅なのか桜なのか。
家集においては、当歌を贈られた女性が友則の「君ならで誰にか見せん梅の花色をも香をも知る人ぞ知る」を返していることから、この花を梅と見る向きもあります。しかし、家集は没後編まれたものですし、後撰集中での当歌の位置も微妙。さらに月夜に「見せる」となると、樹形卑しく香に重点をおかれる梅よりも、月光に映える白さと堂堂たる姿を持つ桜のほうが似つかわしいように思えます。

ということで今回は桜説を取って絵にしました。

…もしも、この花月夜に信明は情趣を解さぬ女と共にいて、その女の目を盗んでこの歌を‘あはれ知る’思いびとに遣ったのだとしたら。…その残酷さこそ平安貴族!

('03.03.31)

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