幾世へて後か忘れん
とても好きな歌です。

幾世へて後か忘れん散りぬべき野辺の秋萩みがく月夜を(清原深養父・後撰集317)月の和歌
いくよへて のちかわすれん ちりぬべき のべのあきはぎ みがくつきよを

秋萩を「みがく」というのはとても新鮮な表現です。
和漢朗詠集』中に、閑賦の「斜月千巌の路を瑩(みが)く」という一節や菅原文時の詩序のなかの「日に瑩き風に瑩く」というフレーズなどが見うけられますので、おそらくは漢詩的表現なんじゃないかと思います。閑賦とは何か、勉強不足でよく分からないのですが(中国の古い詩の形式?)、当歌の「みがく」の用い方はこの詩と何かしら関係のあることをうかがわせます。あるいは慣用句のように広く使われていたのかもしれませんが。

その後、深養父の孫である元輔は「冬の夜の池の氷のさやけきは 月の光のみがくなりけり」という歌を詠んでおり、この二首が‘みがく月’を詠みこんだ歌の双璧をなしている感があります。

さらに時代が下るにつれ、和歌の中で‘月が何かを磨く’表現はどんどん増えてきます。
月が磨く対象は氷をはじめとして浪・川・池・雪・露・雲などの水気モノ(?)が多いのですが、なかには、月を松風や浜風が磨いたりなんて歌もあります。いろいろ調べてみるのも楽しいと思います。

('04.10.21→11.9に月の向き修正)

秋の絵5 < 歌絵 > 秋の絵7