春の野にすみれ摘みにと
春の野にすみれ摘みにと来し我ぞ 野をなつかしみ一夜寝にける 花の和歌
はるののに すみれつみにと こしわれぞ のをなつかしみ ひとよねにける

「春の野に
菫を摘みに来た私であったのに――
――野の慕わしさに一夜
過ごしてしまった」

何の目的で菫摘みに来たのか。何故わざわざ「野をなつかしみ」と断っているのか。遠くへ来たんだったら別に宿を取ったって変じゃないのに―。よくよく考えると、どうも解釈に困る和歌です。

もともと、菫摘みは食料や薬草、染料にするための行為と考えられてきました。
しかし、『初期万葉論』のなかで白川静先生は、菫などの草摘みは思う人の魂振りの為の行為で、「それはおそらく何らかの追憶を伴なうものであろう。そのゆえに「野をなつかし」むのであり、その復活のために一夜を寝るのである」(p115)と述べられています。
一方、犬養孝先生は『わたしの萬葉百首』下巻で、菫を女性の暗喩と捉える見方もあり、恋愛情緒の存在も否めないが、「それを含めたところに(中略)自然に親しむ山部赤人の、親しむどころじゃない、可憐なすみれの花にぴったりとついている心」(p92)が分かるのだと仰っています。

……個人的には、「我ぞ」には‘この私が不覚にも’というニュアンスがあるように思え、そうすると「野をなつかしみ」というのが「一夜寝」てしまったことの言い訳っぽく聞こえてしまうんです。かと言って別にヘンな意味ではなく、‘早く菫を持ち帰らねばならぬのに、野辺のなつかしさについ予定外の外泊。いやはや、献上が遅くなり面目次第もございません’、というような解釈なんですが。
もちろんはっきりしたことは全く分からないうえ、私の印象のままに描いたのでは面白くも何ともないので、あえて今回は菫(あるいは野の慕わしさという抽象)を擬人化して、一夜の夢というテーマで描いてみました。夢かうつつか、寝てかさめてか。

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