額田王の詠んだ「あかねさす」には、大海人皇子による返歌があります。
以下に読み下し文・原文を記しますが、訳は「恋の和歌」にありますので割愛します。

紫草のにほへる妹を憎くあらば

万葉集巻一 二十番・二十一番(読み下し文・原文)

天皇の蒲生野に遊猟(みかり)したまひし時に、額田王の作れる歌
  あかねさす 紫野ゆき標野ゆき 野守は見ずや君が袖振る
 (茜草指 武良前野逝 標野行 野守者不見哉 君之袖布流)

皇太子(ひつぎのみこ)の答へませる御歌
  紫草(むらさき)のにほへる妹を憎くあらば 人妻ゆゑにわれ恋ひめやも
 (紫草能 尓保敞類妹乎 尓苦久有者 人嬬故尓 吾戀目八方)

紀に曰はく「天皇七年丁卯の夏五月五日に、蒲生野に縦猟(みかり)したまふ。時に大皇弟(ひつぎのみこと)・諸王(おほきみたち)・内臣(うちのまへつきみ)と群臣(まへつきみたち)、悉皆(ことごと)に従ふ」といへり。

ちょっと補足説明

・紫野ゆき標野ゆき…紫野・標野を行くのは大海人皇子であると考えるのが一般的ですが、野守であるとするお説もあるようです
・人妻ゆゑに…そんな面倒な恋はよっぽど好きじゃなきゃできないよ、ってことです

参考文献:『万葉集1(講談社文庫 古 6-1)』 『岩波古語辞典』ほか

大海人皇子が乗っている馬は、サラブレッドに較べて小さめに描きました。明治に洋種が入ってくるまでは、体高140cmを超える馬はいなかったらしいからです(参考:『馬のすべてがわかる本』)。なんて馬に凝った割に、馬具などはいいかげんです。

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